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 アイコン La tua voce〜君の声〜

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 ライン ライン

――彼から手紙が届いた。


俺たちが高校に進学してから1年。

獄寺くんは頻繁にイタリアに渡るようになった。

「ちょっくら向こうの知り合いに会いに行くだけっす。

ついでにダイナマイトの仕入れもしてくるんで、すこし遅くなるかもしれないです」


――すぐに嘘だってわかった。


……いや、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかまでは分からなかったけれど、

目的がそれじゃあないことくらい、彼の顔を見ただけで分かってしまった。

「……遅くなっても、絶対に返ってきますから……、待っててくださいね」

そう言う君の顔は、むりやり笑おうとしてヘンに引きつった笑みになってた。

(――本当に、嘘つくのがへたくそだよね、……君は)


夕焼けに反射した銀糸が、オレンジ色に染まってきれいだった。

君が向けてくれた薄い色のひとみに、俺のゆがんだ影が映り込んでいた。

――彼の肩ごしの夕日が、とてもきれいだった。


俺が何も言えずに小さくうなずくと、君はホッとしたような笑みを浮かべて、

「ありがとうございます」と、小さくささやいて、その場を後にした。


……俺は、礼を言われるようなことは何もしてないよ。


――君を引きとめることも出来ない。

本当のことを言わせてあげることも出来ない。


君にとって、俺は一体なんなんだろう……。

俺にとって、君は一体なんなんだろう……。


俺たちは、これからどんな未来を選んで歩んでいくんだろうか―――。






――彼から手紙が届いた。


獄寺くんがイタリアに行ってから、もうすぐひと月。

毎日雨ばっかりだった景色は、きつい日差しを感じるようになっていた。


彼が発つ前、一緒にひとつの傘を差して帰った。

灰色の雲が、重たく大地をつつんでいた。

涙色のあめが、彼の髪を冷たく濡らした。


すこし上にある君の横顔を、俺はただ、ぼうっと見つめていた。

道端に咲いた、藍色のあじさいが、とてもきれいだった。


――気が付くと、心がひと月前に帰っていた。






『会いたいです』






―――いまどき手紙?

ポストに無造作に突っ込まれていたそれを見た時、

俺は薄情にもそんなことを思った。

メールも電話も、日常には便利なものがあふれているのに、

なぜわざわざ手紙なんだと、封をやぶりながらも心をいらつかせた。


ふつうの便箋より少し大きなそれに入っていたのは

B5サイズの紙が一枚。

四つ折りにされていて、端が切れてガタガタだった。

――たぶん、ノートか何かを破ったもの。


(わざわざ手紙よこすくらいなら、もうちょっときれいなのを使えばいいのに――)


ひと月もの間、何の連絡もよこさずに放っておかれて

はじめてのそれがノートの端きれなんてあんまりだ。

―――と、手紙をひらくまで、俺は本気でそんなことを考えていた。






『会いたいです』






ただ、それだけ。

……ただ、それだけ、だった。


まっさらな紙に書かれた、見覚えのある文字。

すこし左に傾いた、君の筆跡。


蝉が鳴いていた。

緑の景色とあつい日差し。

アイスクリームを一緒に買って食べた。


あれはおととしのことだったか……。


ふたりとも汗びっしょりで、君の肌の上で水滴が光を返していた。

公園で、水を頭からかぶったよね。

つめたくて、気持ちがよくて、それだけで笑い合えていたあの頃。


俺の隣に、いま、君はいない。


……いつになったら、君は帰って来るの―――?






眠さを誘う午後の授業中。

昼食後の教室の中では半分以上の生徒がまどろみの中だった。


―――蝉が鳴いていた。

あの頃とおなじように―――。


ふと窓の外をのぞくと隣のクラスの生徒がグラウンドでサッカーをしていて、

(――あ、山本……)

昔から元気のいいもうひとりの親友が、笑顔で走り回っていた。


同じ高校に進学した俺たちは、うまい具合にバラバラのクラスに分かれた。

人づきあいの苦手だった俺は、そんなことにもいちいちあたふたしたけれど

思ったよりもすんなりと新しい友達をつくることが出来た。


一番クラスの遠くなった獄寺くんは、休み時間のごとに俺のクラスまで押し掛けてきて、

新しく出来た俺の友達を威嚇していた。


なんというか、本当に困ったひとだ(笑)


そんな彼にもクラスの友人たちは臆することなく、俺たちふたりのことを「あたたかい目で見守ってるよ」

なんて言って笑っていた。


――たぶん、彼は雰囲気が変わった。

それは本当に微少なものかもしれないけれど、俺の友人たちが俺から離れていかないのは、

彼のことを恐れていないからだと思う。


ほんの少しでも、出会った頃の彼にあった心の棘を

俺や、俺の仲間達と過ごした時間の中で取り除いてあげられていたのなら、

それはとても本望だと思った――。






長い時間を一緒に過ごした自室のベッドにすわって、

彼から届いた手紙をひらいていた。


もう何度読み返しただろうか。

何度読み返しても、文字は増えることはない。

本当はもっとたくさん言葉がほしかった。


いま何をしてるとか、どこにいるとか、誰といるとか。

何でもいいから、彼のことを知りたかった。






『会いたいです』






――それなのに、その短い一文に彼の心を知って、

それだけで十分、俺の心は満たされてしまった。


(はやく帰っておいで。――俺はずっと、君を待ってるから……)



不安と焦燥。

そして、絶望……。

その一文に込められた、不安定な彼の心。

そんな彼が俺に求めた、ただひとつの願い。


そして、その言葉の影にくすぶる秘密も。



――彼はばかだ。

ひと一倍、人の気持ちに敏い俺が、いつも隣にあった心に気が付かないとでも

本当に思っているんだろうか。


「あたたかい目で見守ってるよ」なんて言われた俺の心情も察してほしい。

もう、みんなにもばればれなんだよ……。





はやく帰っておいで。

君の心の居場所はとっておくから。

俺のもとへ、帰っておいで―――。



空が、きれいなオレンジ色の夕日に染まっていた。


彼の肩ごしの夕日を、俺はまた見られる日が来るだろうか――――。






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